ポンのmemo

ダズル迷彩バイクに乗って、あちらこちらへフラついてます。バイクとか遺跡とか猫とかいろんなことについて書いています。

20170917 産後うつになった

5月下旬、女の子を出産しました。

自分の赤ちゃんはかわいいものだと信じていました。

子どもが苦手なのも、好きになるものだと思っていました。

寝れなくても大丈夫な母親モードの体になっているのだと思っていました。

 

でもそんなことは全て幻想でした。

三日間苦しんで苦しんで産んだ子どもは微塵も可愛くない。

寝れない上に体のダメージが酷く、回復する間も無くやらなければならない赤ん坊の世話、日に日に疲れが溜まっていきました。

 

 

 

訳のわからないギャン泣きを数時間聞かされて気が狂いました

 

泣き叫ぶ小さな口にタオルを詰め込みました

重たいまくらで口を覆い毛布で包みました

寝ている子どもの布団を強く叩きました

何もできない赤ん坊に対して怒鳴りつけました

 

そんな自分に嫌気がさして

毎日毎日どんどん落ち込んでいきました

何に対しても興味がわかないやる気がない

ご飯も食べられなくなって寝れないし

疲れ果てて笑えなくなっていました

 

 

そう、これが、産後うつ

知らないうちに病気になってしまっていました。

出産に伴うホルモンバランスの急激な変化で起こるものらしい。いろいろ調べてみて、自分が産後うつらしいということを自覚。

 

誰にも相談はできずにひとりでかかえていました

ただ、飼い猫にだけはいろいろと話をしていました。

あの子にはなんでも話せる

 

退院してきてから2週間が経ったころ

私の気力と体力は限界に達しようとしていた時

 

突然心の支えだった猫が、死んでしまいました。

原因はわかりませんでした。

 

私は彼の亡骸を抱えて、一日中泣き叫びました。

 

見かねた家族が私を心療内科へ連れて行きました。

みんなうすうす気がついていたのでしょうが、このことをきっかけに通院することになりました。

この時、大事な猫を亡くしたショックがあまりにも大きかったので、私が何をするかわからない(たぶんじさつとか)ということで常に誰かが一緒にいました。

でも自らの命を絶つ気力など残っていませんでした。

それから1ヶ月くらい、どうしていたのかよく覚えていません。

たぶん遺骨を抱いて泣いていたんだと思います。

 

妊娠しているとき、幸せな育児生活を夢見ていた頃が一番よかった。

 

この子どもを産んだせいで飼い猫は死んだんだ、そう思うようになり、ますます子どもが憎くて許せなくて、どうしてこんな奴の世話をしないといけないのかと思ったり

怒り、悲しみがとめどなく溢れ続け、毎日毎日泣いていました。

 

夫は毎週のように私に会いに来てくれていました。連絡も取り合っていました。

しかし、わたしの母から言われた一言に腹を立ててしまい、それっきり連絡もくれず会いに来ることもなくなりました。母は私に余計な心配をかけないようにとわざわざ私を通さずに言ったのですが、それが逆効果となってしまいました。そのことを知ったのは2日後。すぐに謝る電話を入れたのですが、なんとも冷たい態度でした。

もう考えることができなくなって、死のうと思いました。

何回か首を吊ろうとしました。けい動脈を締めるやり方ですればすぐに意識がなくなる。睡眠薬があればもっと確実だからくくる前に薬を飲みました。亡くなった飼い猫の写真を抱いて泣きながら首をくくりましたが、死ねませんでした。死ぬ勇気がありませんでした。

 

事務的な連絡以外は何も反応がありませんでした。子どもの成長を気にかけることも一切ありませんでした。

それから1ヶ月は電話もしなかったので、思い切って電話をかけてみたら、迷惑そうな 感じで「何」と言われました。

子どものこととか気にならないのかなと思うと、もういいやって思うしかなくなりました。

「いつまでたってもよくならないし、もう十分待ったのに全然結果が出てないじゃないか」「僕もうつになりそうだからうつの君にはなるべく会いたくない」「何があってもちゃんと子どもを育てると言ったくせにこの有様や」と言われました。

そのくせ早く帰ってきてほしいという。意味がわからない。

 

私は、自分の居場所がそこにはもう無いのだと解釈しました。

ひとりでこの子を育てていこう、そう思いました。

 

薬と先生のカウンセリングで、だんだんよくなってきていましたが、まだ自分一人で子どもの世話を見れるようにはなっていません。母に手伝ってもらいながらだんだんできることを増やしていっているところです。

子どものこともかわいいなと、思えるようになってきました。

 

猫を失った悲しみは、彼がいなくなって2ヶ月が過ぎる頃まで私を支配していましたが、そのころからだんだんと受け入れられるようになってきました。

 

夫から、たかが猫で、というような言い方をされて、この人は私の悲しみを何一つわかっていないと感じました。もういいや、と諦めてしまいました。

 

何度か会いに行ってみましたが、子どもの扱い方はとても任せられない危なっかしいものでした。

もういいや。スキンシップもしてくれないし。私が醜いから嫌いなんだろう。

もういいや。

 

もうねー、考えるのが本当にダメでもう嫌になる。

 

夫からは病気について全く理解されないことが辛いです。

自分の実家の家族はとても協力的で病気についての知識もあるし理解もあるのが救いです。もう離婚まっしぐらですね。でもとても面倒。しばらくほっとくことにしようかな。夫の実家とは結構話をしていて、向こうのお母さんとも夫のことでちょこちょこ相談をしています。ほんとめんどくさいのは夫とのことだけです。

 

明日あの子の月命日。

3ヶ月経つ。

 

いまは安定しているけど、たまにどか食いしたり吐いたり全然食べなくなったり。

体を絞らないとかなり大変なことになっているから、運動もしに行きたいがなかなか生後3ヶ月がいると行きにくい。

…まあ、そういう言い訳がましいところが、夫のカンに触るらしいです。

 

あれもこれもしないといけないことがある

ほかのお母さんと比べて全く母親らしいことができていないことが本当に情けない。

 

焦りは禁物と言われているが

焦らないわけないよね

 

一番わかってほしい人に理解されない辛さから逃げたい

 

 

ポン